損切りできるトレーダーになる

(この記事は2019年8月28日付けで阿部隆行が[galaxying.com]に投稿した記事を当サイトが引き継ぎ加筆・修正したものです。最終更新日2024/11/4)

(注意)この記事は現役トレーダー向けの専門的記事です。トレーダーでない方にはほぼ役に立ちません。

損切りはトレーダー共通の課題

もしあなたがリアルにトレードしたことがあるならば、損切りの難しさは経験済みのはずだ。

「デモアカウントでは出来ていたのに、リアルになったらできなくなった!」という人は多い。当然だ。含み損状態では人間の自己防衛本能が発動するので、損切り出来ない方が普通なのだ。

極稀に、最初から損切りが出来るトレーダーがいる。感情を交えずに、ロボットのようにトレードできる人だ。しかしトレーダーとして好ましい他の資質に加えこの特徴をもっている人は本当に本当に稀だ。

ウォールストリートのトレーダーだからと言って損切ができているとは限らないし、ましてや最初から損切ができるトレーダーはほとんどいない。だから、損切りできないからと言って、自分がトレードに向ていないと考える必要はない。

トレーダーにとって損切りは、学んで習得していくことなのだ。

 

この記事では、自動売買システムを導入しない前提で、

損切りが難しい状況・出来ないメカニズムを解き明かした上で、損切りへの対応を説明する。

伝説的「天才」トレーダーも身を滅ぼした

それがスカルプであろうが、デイトレードであろうが、スウィングトレードであろうが、長期投資であろうが、損切りができなくて市場から強制退場となったトレーダーは無数といる。

ここで、ウォールストリートのある伝説的なトレーダーの話しをご紹介しよう。

数字にめっぽう強い米国株のトレーダーでそのトレード手法は値動きの特徴から上昇株を見出すスイングトレードだった。「だった」と過去形なのは、彼は自ら命を絶ってしまったのだ。

その天才的な数字に対する嗅覚で、巨万の富を何度も築き上げた。「何度も」である。つまり、巨万の富を築き上げては、それをほとんど失って、また一から巨万の富を築き上げる、それを何度も繰り返していたのだ。

その能力は誰もが認めた。

何度も失敗を繰り返した後、また富を手に入れた。また同じ過ちを犯さないために優秀な弁護士を雇って、余生を送るのに十分なお金をトレード口座と別にして信託銀行に預けた。そして、自分の意志ではその資金を引き出せないように信託契約で鍵をかけたのだ。

ところが、トレードで損切りできなかった彼は、結局その信託口座から資金を引き出してすべての資金をかけてすべての資金を失った。なぜ資金を引き出せたかというと、さらに優秀な弁護士を雇って信託契約そのものを変更したのだ。

 

今日も損切できなくて、市場を去っていくトレーダーがいる。

トレーダーとして生き残っていくためには、一日も早く損切りに対する対処法を身に着けることだ。

トレード初心者の誤解

トレード初心者で「損切りで困っていない」と公言する人もいる。含み損はそのまま持ち続けて、含み益が出たものだけ利益を確定する、という戦略をとっているのだ。

非常に危険なトレード方法だ。

このトレードを続ければ資金が枯渇し破綻するのは時間の問題だ。小さな利益を積み重ねているが、いつかその何倍、何十倍、場合によっては何百倍の含み損を抱えることになる。そしていつか資金が続かなくなるのだ。

資金が無限にあれば理論上可能な戦略だが、それは現実的ではない。これは最初から破綻することが決まっている戦略だ。

ノーベル経済学賞受賞者らを集め金融工学を駆使して一時驚異的な運用成績をたたき出したロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)も、実はこの単純な過ちを犯して破綻している。

 

どんな時、損切りが難しいのか

そして、その対策。

損切りは短期トレードであるほど難しい

損切りはトレード期間が短いほど、その難しさが露呈してくる。その理由は短期であればあるほど、

  1. 時間内で損切の決断・行動に遅れがでる
  2. 感情的になりやすい
  3. 取り戻しをかけて安易に次のトレードに入りやすい
  4. 些細な動きで損切りレベルに達するので納得しにくい
  5. トレード期間を延ばす(塩漬けにする)という選択肢を選べる
  6. 実損や含み損が積みあがるスピードが速く、無気力になりやすい
  7. 塩漬けにより資金が拘束されることへの認識が薄い

等だ。もし今損切りで苦しんでいるなら、一度トレードの期間を長くしてみることをお勧めする。

トレードサイズが大きければ損切りは難くなる

トレードサイズが大きければ、含み損もそれだけ大きくなる可能性が高い。運用資金に対しトレードサイズが相対的に大きいと実損を出す恐怖・トレードを続けることができなる恐怖がよりリアルになり、身動きが取れなくなる・自暴自棄になる・無気力になる、というプロセスを伴い損切りが難しくなる。

トレードで守らなければいけない基本ルールの内、トレードサイズを小さくすることは最も大切なことだ。

損切りが難しいならなおさら、トレードサイズをより小さくすることをお勧めする。

 

動きの激しい市場ほど損切りは難しい

普段から市場の特徴としてボラティリティーの高い、タイミング的に動きが激しい、銘柄の動きが激しい、等々様々な理由で動きが激しいことがある。

上記「損切は短期であればあるほど難しい」とほぼ同じ理由であるが、動きの激しい市場では損切りレベルの設定は非常に難しく、またワンタッチで戻ったときに損切りするかどうか、損切りレベルを突き抜けてしまった場合にどのタイミングで損切りするか、等々様々な判断が必要になってきて損切りが遅れる要因が増える。

損切りが難しいなら、動きの激しい銘柄や市場や時間帯は敬遠しておいたほうが良い。

 

トレード方針やバックテストが弱いと損切りは難しい

採用しているトレード方針に自信がありその手法も確立していてバックテストも十分してあれば、つまり損切りしてもいつか必ず取り戻せると確信していれば、損切りしやすい。続けていれば必ずトータルでプラスになると確信しているからだ。

逆に、トレード方針に自信がなかったり、トレード方針が曖昧だったり、バックテストを十分していなければ、一つ一つのトレードに執着しやすい。そして損切りが遅れる。

損切りが出来ない一つの理由は、トレード方針に対し不安や曖昧さがあることである。

自分はなぜそのトレード方針を採用しているのか、そして、いつまで(何かが変わるまで)そのトレード方針を採用し続けるのか、常に確認することが大切だ。

一人でトレードすると損切りは難しくなる

トレードは一人でもできるし、一人でトレードしている人が多い。誰にも会わないで、誰とも話さずに一週間過ごすトレーダーもいる。

しかし、のちに上げる自己肯定感にも関わってくるが、孤独がもたらす心理的重圧が健全な判断を鈍らせることがある。まったくトレードと関係のない人間関係でも、日常的に維持すると良い。

また、自分のトレードについて話せる相手がいることは、感情に流されずにトレード戦略を維持する上でとても助けになる。

体調が悪いとき、私生活でストレスがあるとき、損切りは難しくなる

体調が悪いとき、私生活でストレスがあるとき、判断は鈍りやすくなる。普通なら心配しないことも心配になったり、逆に注意力が低下して判断や行動が遅れる。

体調が悪いときや私生活でストレスがあるときは、一度トレードを休むことが一番望ましい。

トレード資金を減らさないため、トレードを長く続けるための自衛手段である。

執着があると、損切りは難しくなる

資金面での執着

資金に余裕がないと「このトレードでは絶対損を出せない」という心理状態に陥りやすくなる。トレードは勝つこともあれば負けることもありトータルでの成績が一番重要なのに、これは理に叶わない感情である。損切りが遅れるばかりか全体のトレード戦略も狂うので「絶対勝たなくてはいけない」というトレードは最初から行わないことである。

トレードサイズの項でも述べたが、資金が少ない場合にはそれに見合ったトレードサイズにする必要がある。また、別の収入源を確保することも損切りをし安くする。

勝ち負けへの執着

「負けを認めたくない」という執着は損切を遅らせる。何とか逆転して勝利を掴みたいと考えているうちに損失が拡大してしまうのだ。

執着の感情は自己肯定感(承認欲求と潜在意識にも注意)と密接につながっている。自己肯定感を高めることは生活や人生全般にも良い結果をもたらすので、その努力は継続して行うと良い。

 

インターネット回線・トレードプラットフォームの不安は取り除く

損切りに限らないが、当然のこととして、インターネット回線やトレードプラットフォームは使いやすく、スピードが速く、安定している必要がある。また、バックアップの回線やプラットフォームは是非とも準備したい。

当たり前のことだが、損切りしたくてもできない状況は避けなければならない。

長くトレードし続ければ様々な障害、考えられないような事態に出くわす。すべての状況に対応することは不可能だが、出来る限りバックアップ体制を構築しておくことがトレードを続ける上で大切な秘訣である。

 

損切りが遅れるメカニズム

上記「どんなとき、損切りがより難しいのか」では損切りに関する様々な状況や理由を考えた。ここではもっと本質に迫るため、損切りが遅れる心理メカニズムに触れる。

まず、損切りしなくてはいけないときは、含み損を抱えている状況である。それは上記にも述べたが、

  1. 損を確定して資金を失い生活が出来なくなる恐怖
  2. 運用資金が少なくなり今後の運用ができなくなる恐怖
  3. 失敗を受け入れることへの恐怖
  4. トレードシステムへの信頼が下がることへの恐怖

等の恐れのスイッチが入ることになる。この状況になるとノルアドレナリンという脳内ホルモンが分泌され、苦痛を感じつつ集中力が高まる。このこと自体は人間が危険回避をしたり逆境を乗り越えていく上で大切な自己防衛のメカニズムだ。

ノルアドレナリンは持続しない

しかし、ノルアドレナリンには大きな特徴がある。それは、その効果が長時間持続しないことである。多くの人は集中力が継続しないばかりか、苦しみにも慣れてしまい、また苦しみの増加に対しても鈍感になる。

人生の中で辛いことがあればそれを避けるために集中してチカラを発揮する必要がある。しかし辛いことが継続する場合にずっと集中して苦しみ続けるとその生理現象自体が精神と肉体を蝕むので、苦しみと集中が継続しないことは人間にとって大切な生理メカニズムなのだ。

つまり、人間には損切りしなくてはいけない状況が長く続いたり、また含み損がどんどん大きくなっても、その苦痛に耐えられてしまうメカニズムが存在するのだ。

これは、含み損の反対である含み益と対比させて考えると非常にわかりやすい。(含み益はいつか別の記事で)

 

失望と希望を繰り返すがドーパミンには依存性がある

次の瞬間なにが起こるかわからない。含み損があっても、それを確定させない限りはそのトレードまだ生きている。逆転して成功裏に終わる可能性もゼロではない。この希望が、論理的思考を狂わせトレードの戦略を台無しにする。

価格が上下する時、含み損が増えれば苦しみは増す。逆に含み損が減れば苦しみが軽減し、それは場合によってはドーパミンという快楽物質をともなう。

 

プロスペクト理論

「人間は数学的期待値に反してでも、目の前の損失を回避することを優先しようとする。」ということがプロスペクト理論で展開されている。

価格が10ポイント上がることがもたらす心理的効用と価格が10ポイント下がることがもたらす心理的効用は同一ではないのである。含み損状態であれば、含み損が増えてもあまり気にならないのに、含み損が減ることに対して非常に大きな興奮を覚える。

 

平均回帰幻想

また、多くの人が平均回帰という幻想を抱えている。それをトレードに当てはめると、トレードに入ったときの価格がベンチマークになり、そこに回帰するという幻想である。過去の売買価格が頭から離れず、それが次の売買(損切り)に影響を与えるという心理的メカニズムを常に警戒する必要がある。

過去の価格よりも、これから価格がどう動くかが大切である。

損切できるようになる!

自動売買システムを導入することが一つの対策である。しかし、それが出来ない、またはやりたくないという前提でこの記事を書いた。

ここまで述べてきた、損切りが難しい理由・状況への対処法をまとめてみよう。

まとめ

  • トレードサイズを小さくする。他の理由もあるが、単一トレードでは運用資産の2%以上のリスクをとらないようにする。
  • 自分(の能力)にあった市場でトレードする。特に損切ができていない場合はボラティリティーが低い市場を選択したり、長めのトレード期間でトレードしてみる。
  • トレード方針やバックテストをもう一度見直す。これが出来ていない状態でトレードしているなら、その考え方自体を良く見直す必要がある。
  • 体調面に不安があるとき、私生活でストレスのあるときはトレードから離れる。長くトレードで生き残っている人なら実践していることである。
  • 資金面の不安がない形でトレードする。生活や老後に必要な資金でトレードすることは好ましくない。もしどうしてもトレードする場合は、最小単位でのトレードを繰り返す。
  • 自己肯定感、とくに承認欲求と潜在意識についてよく理解し、そのワークを行う。
  • 誰かとコミュニケーションをとりながらトレードする。
  • 自分の損切りが遅れるメカニズムを考え、理解しようとする。あらかじめ原因がわかっていれば、対処もしやすくなる。

 

多くのトレーダーはこれらのことを長い時間かけて、痛い経験を通して、学んでいく。これらのことをまず頭でわかった上で取り組むことで、その学ぶスピードが速くなるように願っている。